ドゥラモット Delamotte


今や欧米のワイン専門誌等でたいへん高い評価を得ているドゥラモット社ですが、その設立は250年近く前までさかのぼります。エペルネ近郊のキュミエールなどにブドウ畑を所有していたフランソワ・ドゥラモットが1760年、ヴァン・ド・シャンパーニュという会社をランスに設立、これがドゥラモット社の前身となります。その後長男のアレクサンドルが成人を迎えたのを機に、1786年、社名をドゥラモット・ペール・エ・フィスに変更、現在に続くブランドが誕生します。
後にアレクサンドルの弟ニコラ・ルイが会社を引き継ぎ、共同経営者としてジャン=バティスト・ランソンを社に引き入れますが、1837年にニコラ・ルイが亡くなると、ジャン=バティストは社名をドゥラモットからランソンに変更、ドゥラモットのブランドは一時消滅することに。20世紀に入り、マリ=ルイーズ・ド・ノナンクール=ランソンにより、両大戦の狭間1927年にドゥラモットの名が復活。そして1988年にはサロンとともに同じノナンクール家が経営するローラン=ペリエの傘下に入り、現在にいたっています。
現在、ブラン・ド・ブランのつくり手として事情通に圧倒的な支持を得ている同社ですが、上の歴史に散見される社名を見てもわかる通り、シャルドネを重視するグランド・マルクのルーツとなっているのがドゥラモット社であり、シャルドネに強みを発揮する素地がうかがえます。

フランス最北のワインの産地、シャンパーニュ地方。古来よりこの地ではワインに発泡性を付すという独自のスタイルを育んできました。その製法は“Méthode Champenoise”(シャンパーニュ製法)と呼ばれるたいへん手間のかかるものですが、これがシャンパーニュを独自の細やかな泡が溶け込んだ滑らかな口当たりのワインへと変身させるのです。
用いるブドウはピノ・ノワール、ピノ・ムニエ、そしてシャルドネの3種類。それらが育つ畑は土壌の成分、日照量の多寡等により、80パーセントから100パーセントまで細かく格付けされていて、最高の条件に恵まれた畑が100パーセントのクリュ、グラン・クリュとされ、3万ヘクタールを数えるシャンパーニュ地方でわずか17ヵ村のみが選ばれています。そのグラン・クリュ格付けのル・メニル=シュル=オジェの村にドゥラモット社はあります。
シャルドネにこだわる同社だけあって、スタンダード・クラスのブリュットに使用する50%という白ブドウ比率の高さは特筆に値します。他のほとんどの大手メゾンや協同組合産のものは20~30%という割合ですが、これはシャンパーニュ地方では、黒ブドウのほうが生産面積も広く手当てするのも容易ということに加え、シャルドネの方が取引価格が高いということも大きな要因です。
ドゥラモットのシャンパーニュはすべてブリュット仕立て。ブリュットといってもメゾンによってドザージュの割合はさまざまで、平均で1リットル当たり15グラムといったところですが、ドゥラモット社の場合はリットル当たり9グラムと少なく、これはシャンパーニュのもとになるワインの質が高い事を示唆しています。それほどでもない水準のシャンパーニュでドザージュのパーセンテージを低めてみても、酒質がそのまま地の状態で現れてしまうため、いたずらに割合を下げることはできません。これらのことからも、いかに同社が質の優れた原料ブドウを用いているかがお分かりになることでしょう。