高田三郎の初期に作曲された「青森の子守歌」「山形の子守歌」に加え、遺作となった「福島の子守歌」でまとめられた「三つの子守歌」は、もともと混声のために作曲された。生前より女声版は計画されていたが2000年に逝去した。その亡き夫の良き協力者であった音楽家でもある留奈子夫人の手によって2002年に編曲し、初演と同時に出版。その後、自ら演奏したりするなかで、より歌いやすく充実させた編曲で部分改訂をほどこした。同時にもう1曲、歌曲集『ひとりの対話』の終曲で、平明な旋律による心に響く歌として機会あるごとに愛唱されてい