ロシアを代表する芸術家チャイコフスキーは、役人から転身し、ペテルブルク音楽院卒業から突然の死までわずか28年ほどの作曲家人生で、オルガン音楽以外のほぼすべてのジャンルで作品を残した。さらにモスクワ時代は評論、晩年はロシア内外での指揮と、その活動は当時のロシアではめずらしいほどひろい。彼の作品は思ったより早くロシアの国境をこえ、欧米の舞台でロシア音楽の魅力を認めさせた。また七カ国語に通じた彼は、作品の構想から初演の感想などを様々な人への手紙や、自身の日記に詳しく記している。<