エティエンヌ・ソゼ Etienne Sauzet

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造り手の性格が映し出される 真っ正直なピュリニー・モンラッシェ

「元詰め」を始めたドメーヌの先駆者

ピュリニー・モンラッシェといえばエティエンヌ・ソゼかルフレーヴと言われるように、ソゼはピュリニー・モンラッシェで1、2を争う実力派の造り手です。モンラッシェをはじめ、シュヴァリエ・モンラッシェ、バタール・モンラッシェ、ビアンヴニュ・バタール・モンラッシェの4つのグラン・クリュ、さらにはピュリニー・モンラッシェの9つのプルミエ・クリュ、そして村名ワイン、ACブルゴ-ニュを含む全16銘柄を生産しています。ソゼ家はヨーロッパのブドウ品種に壊滅的被害を与えたフィロキセラ禍がフランス全土を襲う前、約150年前からブドウ栽培と菜園業を営んでいた歴史ある旧家。80年ほど前の1935年頃から、当時としては画期的な「ドメーヌ元詰め」を始め、フランス各地の著名レストランを顧客に直売してきたという先駆者でもあります。ドメーヌに名を冠する創始者、エティエンヌ・ソゼ氏は1903年生まれ。1925年の結婚を機に、夫人の実家からもたらされた僅か数ヘクタールの相続畑を元にドメーヌを設立しました。年々畑を拡大し、戦後には12haあまりを所有するまでに成長しました。現在2代目当主を務めるジェラール・ブード氏はディジョン大学で醸造を学びワイン造りの道に入りました。ヴォルネィの名門プッス・ドールで経験を積み、1974年ボーヌの醸造学校で知り合ったエティエンヌ・ソゼ氏の孫娘ジャニーヌさんと結婚しました。翌年ソゼ氏が亡くなり、ジェラール・ブード氏がエティエンヌ・ソゼのドメーヌを引継ぎ、現在もワイン造りを行っています。

苦境の中での徹底したワイン造り

名声とともに、年々畑を拡大してきたエティエンヌ・ソゼですが、1991年には「ドメーヌ」の看板を下ろすこととなります。エティエンヌ・ソゼ氏の娘が嫁いだ、ヴォルネイ・サントノのボワイヨ家(ジャン・マルク・ボワイヨ)が、財産相続としてソゼ家のブドウ畑を要求してきたのです。その結果、所有する畑は3分の1に減少。4つのグラン・クリュは手元に残ったものの、減少した生産量をまかなうためには、他の農家からブドウを買い付け、ネゴシアン方式によりワインを造る必要がありました。そのため、「ドメーヌ」としての看板を降ろさざるを得なくなってしまったのです。ブドウを買い付ける契約農家はブード氏の栽培理念に賛同する農家のみを選び、そのほとんどを果実の状態で購入し、自らのドメーヌ内で醸造から出荷まで全て目の届く範囲で行っています。あくまでも、12haを所有していた時代からの顧客のためのブドウ購入であり、品質のために、これ以上ネゴシアン方式による生産を増やすつもりはないと断言しています。本当に満足できる質の高いブドウだけを使うことにこだわり、ドメーヌ時代と変わらない硬派なワイン造りを行っています。そのクオリティは下がるどころかむしろ上昇し、世界中のワインラヴァーが求める非常に入手困難なワインとなっています。

巧みな新樽使い。ソゼ独特スタイルで一貫。

さらに、エティエンヌ・ソゼのワインは新樽の使い方が巧みです。樽の風味がボディによく溶け込み、しっかりとした骨格をつくっています。若いうちは樽の香りを前面に感じることがありますが、それも熟成を経ると果実味に吸収され、複雑なテイストに変化します。新樽の使用率は、グラン・クリュ50%プルミエ・クリュ33%、それら以外が25%と明確なポリシーをもって樽を使い分けています。新樽率の違いはあるものの、グラン・クリュからACブルゴーニュまで、ソゼ独特のスタイルは一貫しており、ピュリニー・モンラッシェならではの繊細かつ硬質なミネラルが散りばめられ、しっかりとした密度がありながら柔らかい質感に仕上がっています。さらに長期熟成させることでワインの実力が発揮される点も、ブルゴーニュファンに愛される所以です。


贈られた人の顔がほころぶ♪《プレミアムギフトラッピング》

この畑はなんとムルソーの一級畑シャルム隣接する畑です。
ムルソー村のワインに近いニュアンスを持つ
このワイン、是非ムルソー・シャルムと飲み比べてください。