古城梅は、大正時代後期、田辺市長野の那須政右エ門氏が、他所より譲り受けた穂木を接ぎ木した中から生まれたといい、
緑色で光沢のある実がダイヤの様に輝いて見えたことから「青いダイヤ」と呼ばれました。
また、エキスが多く染み出す梅で、梅酒造りには欠かせませんでした。
しかし、風で実が落ちやすいこと、実の皮が硬いので梅干しに適さないことなどから、生産性の高い南高梅への改植が進み、
現在では梅全体の生産量の1割にも満たい大変貴重な品種として注目されています。
またデザイン、ネーミングは大阪モード学園の学生と産学連携プロジェクトから生まれたコラボレーション商品です